大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所金沢支部 昭和54年(う)67号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

(中略)

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、原判決挙示の証拠を総合すれば次のとおりの事実を認めることができる。すなわち、

一  全国金属労働組合石川地方本部オリエンタルチエン工業支部組合(以下すべて単に「組合」と略記する。)においてはもと、組合独自の闘争積立資金というものは設定しておらず、加入している個人組合員から徴集する組合費は徴集と同時に独立の組合財産を構成し、各個の組合員は、これに対しいかなる意味でも個人的請求権を有するものではなかつたが、後に組合規約等の成規によらず、組合大会の決議によつて組合員から組合独自の闘争積立資金を徴集することになり、これが逐次増額されて遂には一人当り毎月一律一、〇〇〇円を徴集することとなつたが、右闘争積立資金の増額徴集に対しては組合員間に反対の気運が強く、既に月額が二〇〇円にされたころ(正確な日時は不明であるが昭和三七年か三八年または昭和四四年から四六年までの野村政太郎が組合執行委員長の地位にあつた時期と思われる。)増額徴集の大会決議を成立させるため闘争積立資金は問題がなかつた場合は返還する旨の説明や、右は一種の保険のようなものであるから組合の闘争方針に基づき各個の組合員が会社から賃金カツトを受けた場合、右積立金の趣旨に従いカツト分相当額を補填するため取り崩す部分以外の右積立金残額は終局的には各個の納入した組合員に返戻する旨の説明を執行部において組合員にし、右説明を前提として逐次の増額徴集の大会決議が成立してきたものであつて、爾来徴集した闘争積立資金は組合において一括し定期預金として保管し、これに対する利息は一般組合費中に繰入れて、部分ストによる特定組合員のみの賃金カツト分は一般組合費によつて補填し、元本分は各個組合員ごとにその積立額の明細を明らかに記帳して分別できるようにしておくという形で管理し、かような管理・運用の仕方に対し組合員らから異議が申立てられたようなこともなく、依然成規の根拠のないまま、いわば組合大会決議の執行ともいうべき形で徴集・運用がなされ、その間の脱退組合員に対しては組合の統制違反による除名者二名をも含め全員に対し各人の個別積立金額が返戻・給付されている。

二  昭和四九年八月から同年一〇月にかけて大量の組合員二〇一名が組合から脱退してその大多数が新にオリエンタルチエン工業労働組合を結成し、依然組合にとどまる組合員は僅に二〇名程となり、右大量脱退は会社(オリエンタルチエン工業株式会社)の組合員に対する脱退勧奨等組合の運営に対する支配介入行為によるものであることが石川県地方労働委員会によつて認定されたが、右脱退組合員らのうち一九六名は長岡猛を選定当事者として闘争積立資金の各人分の支払(合計七六七万二、二〇〇円)を組合に対し求め(当審における証拠調の結果によれば右支払請求は請求金額の変動のためか、元金合計七二三万六、六〇〇円とこれに対する被告人の本件所為の後で訴状が組合に送達された日の翌日の昭和五〇年二月一六日から支払済までの民事法定利率による遅延損害金の支払請求が昭和五三年一〇月一三日金沢地方裁判所の判決で認容され、右判決に対する控訴は棄却され、右認容判決は昭和五四年一二月二二日確定した事実が認められる。)当時組合執行委員長の地位にあつた被告人は右請求に対抗するため強製執行免脱の目的をもつて原判示のとおり定期預金契約を解約して右預金の払戻を受けた。

右認定事実によれば組合の闘争積立資金は、徴集と同時に独立の組合財産となり、これに対して納入組合員の個別的請求権がなんらの意味でも認められない一般組合費と性質を異にし、徴集元金のうち積立資金の性質に従い賃金カツト分を補填するため取崩された残元金分は各納入者において組合員たる地位を失つた時点においてその支払を組合に対し請求し得る預託金的性格を有するものであることは明らかであつて、たとえ組合員の脱退が使用者であるオリエンタル工業株式会社の側からの不当労働行為によるものとしても、右脱退原因により個々の脱退組合員の闘争積立資金残元金分の返還請求権が左右されるものとはいえないから、原判決挙示の証拠により原判示罪となるべき事実を認定した原判決は十分肯認できるのであつて、本件公訴が脱退組合員長岡猛らの犯罪行為を不問に付し、被告人の行為のみを憲法一四条の平等原則に違背し、公訴権を濫用して不当になされたものであるとか、脱退組合員の組合に対する闘争積立資金返還請求権などは存在しないのに原判決がこれを存在するものと誤り認定したとか、被告人らに強制執行免脱目的がなく、被告人らの所為は刑法九六条の二の構成要件に該当しないとか、被告人の所為はこれを可罰的とする程の違法性を備えていないとかなどといえないことは明白であるし、原判決が原審弁護人らの各種主張に対し逐一詳細な排斥理由を説示していないからといつて右各主張が刑事訴訟法三三五条二項所定の事実に該らず、原判決が同条一項の要件を具備している以上原判決にはなんら違法不当の点は認められない。論旨はいずれも理由がない。

よつて、本件控訴は、その理由がないから刑事訴訟法三九六条に則り、これを棄却することとする。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例